日本人の色彩感覚を、世界へ。染織を通して次世代に伝えたいこと/染織思想家・志村昌司

日本人の色彩感覚を、世界へ。染織を通して次世代に伝えたいこと/染織思想家・志村昌司

私たちが普段目にしている「色」は、日本の外から見るとこんなにも特別なものだったのか。

志村昌司氏の視点であたりを見回してみると、身近にある「色」というものが、途端に尊く感じられるようになる。

日本特有の「色彩世界」。

それは、デジタル化が進み、資本主義社会で生きる現代の日本人にとって「これからの生き方」を考えるヒントになるものだった。

 

▲志村昌司(しむら・しょうじ)
アトリエシムラ代表。人間国宝・志村ふくみ氏の哲学を継承し、ブランド運営や書籍の執筆、ワークショップなどを通して、現代の人々に日本特有の「色彩世界」を伝える。オリジナル手織機hatariで2022年度グッドデザイン賞受賞。著書に『夢もまた青し 志村の色と言葉』(河出書房新社)、『草木の聲』(京都新聞出版センター)などがある。

アトリエシムラとは
植物の色彩世界を伝える染織ブランド。染織を通して豊かな思想を継承しながら、暮らしを美しくすることや、時代にふさわしい活動のあり方を日々探求し、「ワークショップ」や「学びの会」など染織を中心とした文化体験の場を作るなど、新しい試みを続けている。工房は京都・嵯峨野にあり、商品はすべて根や枝、葉など植物の生命で染め、手機 (てばた) で織りあげている。経糸 (たていと) には艶やかな生糸を、緯糸 (よこいと) には柔らかく風合いのよい紬糸 (つむぎいと) を配し、その組み合わせによって独特の織色を生み出している。

 


染織を通して、次の時代へライフスタイルを提案

志村氏がさまざまな活動を通して目指しているのは、「次の時代へのライフスタイルの提案」。

これは、具体的にどのようなことを指すのか。

「私たちは、“自然への畏敬の念”と“芸術精神”を持って染織を行っています。ブランドコンセプトに『自然と芸術の中へ』というものがありますが、そこには人間の社会や文明の中に自然を取り入れるのではなく、むしろ私たち人間が今いる場所からもっと自然の中に入っていこうよ、という気持ちが込められています。」

 

 

アトリエシムラでは、染織家で人間国宝の志村ふくみ氏の芸術精神を継承し、「植物の生命の色」と「手仕事」を大切にしながら着物などの商品を制作・販売している。

絹糸を染める際、化学染料ではなく植物を用いる、日本の伝統的な「草木染め」という方法をとっている背景には、「植物の色彩世界を、次世代に伝えていきたい」という志村氏の想いがある。

「明治以前までの日本では、絹糸を染める方法といえばすべて“草木染め”でした。でも、化学染料が日本に普及してから、草木染めは衰退していって。その結果、日本で草木の色を目にする機会は大きく減ってしまったんです。」

 

Photo: Nobuto Osakabe

 

現代では、家の外に出て自然に触れ合わずとも、パソコンを通して「色」を目にすることができるようになった。


もともと日本人が植物などの自然を通して目にしていた「色」。時代の変化とともに、その対象は化学染料へ、そしてデジタルへと変化している。志村氏は、色というものが段々「抽象的な世界」に移ってきていることに課題を感じている。

 

Photo: Nobuto Osakabe

 

「色って、本来は植物の色と結びついているものなんです。デジタルの世界では、色はプログラムによって表示されているだけで、自然との結びつきはない。日本人の色彩感覚は、根本的に変わってきていると思います。」

では、本来の「日本人の色彩感覚」とは、一体どのようなものなのだろうか。


日本特有の「色彩感覚」のおもしろさ

「日本では江戸時代に発令された、贅沢を禁じて倹約を強制する“奢侈禁止令”をルーツに、地味な色が定着していったんです。だから、文化的に日本人はグレーや茶色が好きなんじゃないでしょうか。」

アトリエシムラのブランドカラーは鼠色。志村氏は、この日も明るい鼠色の着物を身に纏って現れた。

「鼠色は、色々な植物から出る色なんです。それに、どんな色とも合いますよね。」

着物を見つめながら色についての話をはじめる志村氏は、次第に柔らかな表情になってゆく。

 この「色」に対する感覚は、国や文化によって全く異なるという。


「たとえば、フランスなどのヨーロッパ諸国では、茶色にあまり良い印象がありません。ナチスの制服の色だったので、“戦前のナチズムの象徴”とされているんですね。」

色彩感覚に影響する要素は、文化的な背景にとどまらない。

「気候によって、植物が出せる色は変わってくるんです。それは“植生”が地域によって違うからです。以前中東の植物をいただいたので、それを使って染めてみたら、とても薄い色になって驚きました。砂漠に生息する植物は、太陽の光ではなく月の影で成長するので、全体的に色が薄くなるんだそうです。」 

 

Photo: Nobuto Osakabe

 

「四季がある日本では、南国や熱帯地域には生息しない淡い色の植物が育つ。だから日本では、原色よりも中間色を好む人が多いんでしょうね。」

日本で生まれ育つと、この国に四季があることをつい当たり前のように感じてしまう。けれど、それは世界から見ると特別なこと。

「その国にある自然、そして自然から生まれる色彩、その国で育まれた文化。それらは切っても切り離せない関係にあると、私は思います。」

もっと、“身体を通して学ぶ”機会を


とはいえ、現代社会を生きる私たちが「日本特有の色彩感覚」を意識する機会はそう多くない。

そのような世の中に対して、志村氏は「実際に体験し、身体で学ぶのが一番」だと言う。

「私たちは、植物からすべて手作業で染めています。まずはそのプロセスを体験するのが大事だと思い、草木染めのワークショップを行っています。本やインターネットで調べるという学び方もありますが、それでは“情報の獲得”にとどまってしまう。最近では、多くの情報を得ることが学びだと思われがちですが、もっとも大事なのは、自分の身体や経験からの学びです。」

 

Photo: Nobuto Osakabe

 

 

実際に草木を用いて染めてみると、今までインターネットで目にしていた色とは異なる色が現れるのだという。

デジタルの世界を通して何事も「知っている」気になってしまう世の中で、「実際に手で触れ、体験してみる」ことは、たしかに大事なことなのかもしれない。


自然が「贅沢品」になってしまった日本

「植物は偉大です。根や枝から色が出せるし、香りもある。そこから精油や蜜も取れるし、穀物や果実を食べることだってできる。人間の生活で、植物に頼っていないところってないんじゃないかな?と思うくらいです。」

自然への敬意を大切にしている志村氏は、現代の日本で「自然由来のもの」が贅沢品になっていることに対して「ちょっと辛いですよね」と憂いをみせる。

 「天然はちみつは高級品だから、工業製品である砂糖が必要になります。でも、砂糖ばかり摂取していると、身体に負荷がかかる。難しい問題ですよね。」


早く、安く、便利なものから利益を教授している一方で、私たちは自然から離れ、「人間らしい生活」を犠牲にしているのかもしれない。

「そもそも、人間の肉体は自然でできている。自分自身が“自然の一部である”ことを忘れると、あとあと大変なことになると思うんです。自然をどのように自分の生活の中に取り入れていくか。これは、今後の課題になってくるんじゃないでしょうか。」


「植物の色彩」と「言葉」を、世界へ

アトリエシムラとしての今後の展望を聞いてみると、志村氏の口から出てきたのは2つのキーワードだった。

「活動のコアになってくるのは、“植物の色彩の美しさ”と“言葉の世界”ですね。染織作品で表現するだけでなく、その根底にある考え方も、エッセイなど言葉を通して伝えていきたいと思っています。」

 

Photo: Nobuto Osakabe

 

そう語る志村氏は、今まさに日本と海外で新しいブランドを立ち上げようとしている。

「“matohu”という服飾ブランドと一緒に、植物の色彩をテーマにしたブランド「hikariwomatou(光をまとう)」をつくる予定です。今回制作するのは洋服だから、私たちの着物と比べて、海外の方も手に取りやすいんじゃないでしょうか。」

「ヨーロッパや中国では、草木染めの技術はもうほとんどないんですよね。でも、日本にはまだ残っている。海外で草木染めに興味を持っている方はわりと多いので、もう一度日本から、世界に伝えていけたらいいなと思っています。」

 学問の世界からこの仕事につくことを選んだ志村氏。理由を聞くと、「やっぱり大事な仕事だなと思ったんですよね」と一言。


その表情からは、「祖母の時代から続く日本人の美意識や哲学を、次の世代に継承していく」という強い使命感が伝わってくる。

「自然と芸術の中へ」。

志村氏が残そうとしている哲学や日本人の美意識は、これからの日本で生きるヒントになるかもしれない。

 

 「私たちは日本古来から伝わる灰汁発酵建て(あくはっこうだて)で、藍を染めています。鷹ノ目もお米を発酵させてできたもの。「発酵」という不思議なプロセスを経て、自然の恵みをいただいているところに親和性を感じます。」

 

アトリエシムラ

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F1のレーシングカーを作るとき、コストを考えながら車を作ったりはしない。とにかく速さのみを求めてその時代の最高の車を作る。TAKANOME(鷹ノ目)の開発もいわばレーシングカーを作るかのようにとにかく「うまさ」のみを追求するとの信念のもと、幾度にも及ぶ試行錯誤の上で完成した、極上の日本酒。



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Text: Nanami Okazaki
Photo: Genichiro Niiyama
Structure: Sachika Nagakane 

 

 

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