優れた日本の工芸品は職人達の「手」が見え、「エスプリ(精神)」を感じる | パリ・Galerie Mingei フィリップブーダン氏

優れた日本の工芸品は職人達の「手」が見え、「エスプリ(精神)」を感じる | パリ・Galerie Mingei フィリップブーダン氏

洗練されたショップ、レストラン、ギャラリーが並ぶ、フランス・パリはサン=ジェルマン=デ=プレ地区。セーヌ川沿いの歩道では古本が売られ、印象派の芸術で有名なオルセー美術館や、サンジェルマン大通りにはヘミングウェイをはじめとする作家が通った Flore など、文学ファンを魅了する有名なカフェがある。


そんな歴史的な地域に、竹工芸、煎茶道、茶の湯、能など、「真の日本の精神」を発信するギャラリーGalerie Mingei』はある。
今回は日本の伝統工芸品に特化するGalerie Mingei』を運営している館長に、「日本の伝統工芸」と「アート」をテーマに話を聞いた。

 

────今回はお時間いただきありがとうございます。
早速ですが、フィリップさんの経歴と、パリで日本文化をコンセプトにしたギャラリーをオープンした経緯を教えてください。

フィリップ氏:私の経歴は、ギャラリーオーナーとして凄くユニークです。以前はジャーナリストで、名物記者でした。アジアのほとんど全ての国を訪れ、多くの仕事をしました。その後、NGO団体に所属し、様々な国で人権活動家として活動。ネパールの恵まれない少女たちがインドの売春現場へと人身売買されている現場にも行きました。

フランスに帰国後は、非ヨーロッパ圏(アフリカ、オセアニア、アジア地域)の部族芸術を中心に取り上げている雑誌の編集長を務めていました。
私はその頃から、様々な国の滞在中に収集した芸術作品を使って展覧会を開くようになり、日本芸術に完全に特化したギャラリーを開くことを決めました。

 

提案したかったのは、「真の日本の精神」を持った日本芸術

日本芸術を選んだ理由は、第一に、日本の美的感覚が私の好みに一番近かったからです。
次に、フランスには、私の考える「真の日本の精神」を持って日本芸術を提案しているギャラリーがありませんでした。
フランスやヨーロッパにおける日本アートのギャラリーの多くは、「輸出された」芸術を紹介しています。特に明治時代の、欧米市場に合うよう考えて作られた作品――つまり、「ジャポニズム」誕生時期のものなど、欧米人の好みに合うように作られているのです。 

私が提案したかったのは、日本芸術における「侘び寂び」の視点からの、もっと別のものでした。それがこのギャラリーを始めたもう一つの理由です。
そして、ギャラリーを「Galerie Mingei」と名付けました。これは、*柳宗悦、そして彼の「民藝」運動に対する敬意を表してであり、また私は、東京、豊田、鳥取の民藝館・民芸美術館が好きだからです。

しかし、その後早い段階で、私は「民藝」を超える芸術も提案し始めました。例えば、花かごや掛け花などの竹細工は日本の様々な職人による作品ですが、これらの芸術は「民藝」運動には属さないものです。
私のギャラリーの方向性は、徐々に竹工芸、煎茶道、茶の湯、能などに特化していきました。

*柳宗悦は、民藝運動の主唱者である、美術評論家、宗教哲学者。

────ギャラリーの立地は、ブティック、ギャラリーが並んでいる事で有名なサン=ジェルマン=デ=プレ地区ですね。先程フィリップさんもおっしゃったように、ヨーロッパやアメリカにそういったオーセンティックな作品を扱っている所は少ないため、私達にとっても嬉しく貴重な事だと思います。実際にどんな方がGalerie Mingeiを訪れるのですか。

フィリップ氏:サン=ジェルマン=デ=プレ地区は非常に魅力的で歴史的な街です。魅力の大部分は、この地区に存在するギャラリーの数の豊富さにあります。私のギャラリーには、日本を頻繁に訪れたり、日本を愛している日本のアートの真の収集家はもちろん、世界の多くの国々からも集まります。
草月流、小原流、池坊流など、生け花の道具を定期的に購入しに来たり、生け花関係のお客様もいらっしゃいます。

私が重視するのはその根本が日本の「伝統」にあること

──── 一流のアーティストや作品をどのように探しているのですか?また、「一流」の基準などがあればお教えてください。

フィリップ氏:現在私達は、30人を超える今活動中のアーティストの方々と仕事をしています。彼らの専門は竹細工、漆、金属、陶器などです。我々の選考基準は、アーティストの方々の作品のクオリティの高さはもちろん、革新的であることです。常に私は、ヨーロッパでまだあまり知られていないアーティストの方々を伝えたいと願っています。
そして何より重要なのは、彼らの作品の質です。たとえ彼らが現代的なアーティストでも、私が重視するのはその根本が日本の伝統にあることです。

四代田辺竹雲斎とフィリップ氏

日本の職人は、もはや「アーティスト」

────最近は、欧米ラグジュアリーブランドが日本の文化からインスパイアされたコレクションを発表していたりします。フランス人は日本の伝統文化や工芸をどのように評価していると思いますか?また、日本の工芸品のどんなところがフランス人にとって「新しい」「面白い」、そして「魅力」でしょうか。

フィリップ氏:日本が素晴らしい伝統工芸を誇っているように、フランスの伝統工芸も素晴らしいです。例えば刺繍職人、レース職人など、ファッション業界の職人たちの懸命な仕事によって非常に深められています。
しかし、日本の工芸にはそれ以上の事があると考えています。一部の職人達が「芸術」の域へと這い上がって、真の「アーティスト」となったのです。彼らはもはや「職人」ではなく、「アーティスト」なのです。

私達のギャラリーで大切にしているフレーズがあります。「*バウハウス」の理念の一つで、創立者でもある「バウハウス」運動を始めたヴァルター・グロピウスの名言です。

―「芸術家と職人の間に本質的な違いはない。芸術家は崇高な職人なのである」(1918)―

フィリップ氏:つまり、「日常」の工芸品よりさらに上の次元の、卓越した作品作りに挑む職人です。優れた日本の芸術作品を見た時には、職人達の「手」が見えます。芸術を通して、職人達のエスプリ(精神)が感じられます。技巧などのサヴォアフェール(匠の技)こそが、日本芸術においてフランス人の心を惹きつけ、魅了するものだと考えています。
例えばスペインの「ロエベ」が、日本の竹工芸家・四代田辺竹雲斎氏とコラボを行い、スペイン・バルセロナの店舗内にすばらしいインスタレーションを制作しましたが、今後10年、20年と残っていくでしょう。
また4年前、イタリアのミラノで行われたサローネ(デザイン見本市)では、「ロエベ」と竹工芸家・米澤二郎氏とのコラボ作品が出展されました。竹を「ロエベ」のレザーに置き換えて作られた作品です。
そのような作品には、日本工芸のノウハウや美しさ、1点しか存在しない、工芸を超えた“装飾品”としての美しさが表れています。

 *バウハウスは1919年にドイツのヴァイマルに設立された建築学校

高価なワインをごく少量味わって感じる「喜び」、それがアート

────私達は日本酒を「アート」として捉えています。その一方、日本で「アート」や「芸術」と言うと、非常に敷居の高い印象があります。
フランス、特にパリではたくさんのアートギャラリーがあったり、またインテリアとしてアートを買ったりするなど、身近な存在だと思います。フィリップさんにとって、「アート」とはどんなものですか。またそれは人生にどんな影響を与えましたか?

フィリップ氏:私にとってアートは「生」と結びついているものです。私にとって空気のようなもので、呼吸するのに欠かせない。また、アートは私の人生に必要不可欠です。アートがない人生は、本当に悲しいものになるでしょう。アートによって「見る」ことができます。隠されたもの・事柄を見ることが出来る。思考を刺激し、そして私達が各々持っている創造力を刺激します。そして、人生の「傷」をも癒します。

Galerie Mingei」では必ず、作品の創造力を大切にします。作品を作った手の後ろには必ず、そのアートのアイデア、思想、コンセプトを伝えようとした作者がいます。「バウハウス」の理念に戻りますが、芸術家と職人の間に本質的な違いはなく、芸術家は崇高な職人なのです。

芸術は人生の中心です。アート作品だけとは限りません。音楽、文学、そしてフランスにはワインもあります。ワインもアートの形の一つです。1本700円のワインもあれば、1本30万円するワインもあります。ある時を境に、ワインは「ありふれた日常の飲み物」――酔うために飲む――から、そのはるか上の次元の存在へと変わったのです。例えば、私はボルドーワインのアマチュア愛好会に入っていて、すごく高価な1本3万円、4万円するようなワインに出会う機会があります。そのごく少量を味わって感じる「喜び」、それがアートです。

フィリップ氏、チベットにて。

日本酒のことを「日本のヴァン(ワイン)」とフランスでは呼ぶ

────日本酒を飲んだことはありますか。

フィリップ氏:もちろんです。よく飲んでいます。みなさんもご存知のように、日本酒はますます人気になってきており、フランスでの市場を獲得しています。フランスでは日本酒のことを「日本のヴァン(ワイン)」と呼ぶことが出来ます。

フィリップ氏:フランス市場の高価格帯に、日本酒の居場所があると思います。そのためには説明が必要です。パリでも、純米日本酒が1本1千~2千円台で手に入ります。ですから、「なぜ日本酒1本に1万5千円支払うのか?」説明する必要がある。これには時間がかかります。顧客に対する「教育」が必要ですから。
しかし現在知られているように、パリには1食4万、5万円するような高級日本料理店が数多く店を構えています。これらの店はいつも満席です。予約は3か月、長ければ半年待ちの場合もあります。「レストランKEI」は予約が半年待ちで、1食4万円ほどです。
ですから、高級品市場にチャンスがあります。フランスは高級品が好きで、フランスは高級品を生み出しているのです。

西洋市場で活躍したければ、恐れてはいけない

────TAKANOME MAGAGINEの読者には日本の伝統工芸に携わっている方も多くいます。
最後に職人さんや伝統工芸に関わる方にフィリップさんから伝えたい事があれば教えてください。

フィリップ氏:日本のアーティストや職人の方で、西洋市場で活躍したい人がいたら、まずは恐れてはいけません。怖がっている日本のアーティストの方々をよく目にします。また、コミュニケーションの面でも改善が必要だと思います。私達にとって、メールの返信などレスポンスの速さが重要です。私達のギャラリーでは複数の美術館と展示会を企画したり、アーティスト、日本の個人収集家の方々とも仕事をしてきましたが、日本の美術館とは一度も仕事が実現したことがありません。なぜなら日本の方々は、返信や物事の決定までにすごく時間がかかるからです。上に確認しないと分からない、そのさらに上に…とか。現時点ではまだどことも実現できずにいます。
ですから、欧米人と仕事をしたい場合は恐れないでください。ダイレクトに始めることです。そして、信頼を大切にしてください。」

────ありがとうございました。

■Galerie Mingei
5,rue Visconti 75006 Paris
+ 33 (0) 6 09 76 60 68
Tuesday - Saturday 11 am - 7 pm
(Closed Sunday & Monday)
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Text:Yohei Iwasaki
Photo:Galerie Mingei
Structure: Sachika Nagakane

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